ブロがない

Ririです。おおざっぱすぎる自己紹介は初投稿に書いてあります。

久々のブログ!!!!!

お久しぶりです、又ははじめまして、Ririです。

長らくブログの更新をサボってしまいました。サボった原因は明らかに勉強のせい___いや、ブログを習慣的に書くことが億劫になっていました。三日坊主どころか、ただの一日坊主です。一日坊主だなんて、「今日は新しいことを始めてみよう」で終わりです。なんということでしょうか。

 

そして、なぜ突然ブログを書き始めたのかというと、答えは明確です。

 

現代文の点数が落ちた

 

現代文の点数の上下で、ブログを書くかどうかを決めるだなんて、ただの気分屋としか言いようがありませんが、ブログを書くのをやめてから、模試の点数が下がっていったのは事実です。なんだかコミュ力も欠けた気がします。(因果関係は分かりませんが⋯)

とりあえず、一日の出来事や、考え事などを言語化することは大事なことのようです。日々Twitterの呟きやLINE、InstagramのDMなど、短文を作る機会はたくさんありますが、こうやって長文を書き連ねる行為とは、まるで使っている脳が違うかのように思えます。字数制限のなかで、伝えたいことを要約する能力も確かに大事ですが、現代文の記述問題では''70字''や''100字''などと、沢山の文章を書かされるため、おそらくSNS上で短文を書く能力では、まったく歯が立たないのかもしれません。

ではブログはどうなんだという話ですが、逆に書きすぎるのでは?と思うかもしれません。案外そうではなくて、ブログは人に見せる前提で書くものなので、ある程度要約しなければ、という思いが生まれます。現代文においては、少なくともSNS上で短文を送り合うよりはいいのではないでしょうか?

そして、ブログを書き進め、ある程度書いたら文章を見直すのですが、これを繰り返すうちに長い文章に読み慣れるので、自分のもつ語彙力の範囲で読解力が身につきます。ただしこれの欠点は、新たな語彙が身につかない所です。それに関しては、人が書いた本を読んでみたり、話し相手を見つけたり、ともかく自分で探しに行かないと見つかりません。語彙力のアウトプットと、語彙力のインプットを同時に果たせる行為はそうそう無いですから、この際はインプットとアウトプットの両方を適度に行うことが大事だと思います。

ブログを書いて現代文を鍛えるには''それらしい文章を作る''のが大事です。それらしい文章というのは、主観だけで文章を書かない、ということでしょうか。考えながら文字を打つと、頭の中で書きたい内容が補完されてしまうことがあり、たいていは主語が欠けてしまいがちです。それに加えて、SNS上の会話に慣れると,書き言葉ですら話し言葉に移りがちになってしまいます。不特定多数に見られる文章を作ろうという意識が、現代文を鍛えるためには重要だと思います。

 

⋯前述の内容は、飽くまでも私個人の意見にすぎない上に、''ブログを書いたら現代文の点数が伸びた''なんて声を大きくして言っているのはおそらく私ぐらいしかいないので、参考程度、いやこういう人もいるのだなあと思ってもらえると嬉しいです。

___このブログは謝罪なのか、それとも啓発なのかよく分からなくなってしまいましたが、ともかくRiriは復帰します。見てくれると嬉しいなぁ⋯!

 

(2日に1回は投稿したい)

思事(おもいごと)#2

夏も終わる。

なぜ夏が終わることを悲観的に捉えているのかというと、なにもできなかったからだ。

ここでいう「なにもできない」は「やりたかったことができなかった」という意味である。つまりは、この貴重な1ヶ月というチャンスを逃したということだ。肝心のできなかったことにはあまり触れたくないが、要は学生が全うすべき行為のことだ。

 

そういえば先日、修学旅行の延期についての知らせが届いた。願わくば、日程通りに____いかないのが現実である。仮に今回の修学旅行が中止された場合、私たちは中高ともに修学旅行に行けないことになる。SNSでも修学旅行の有無に関する話題が散見されるが、果たして今の状況が変わることはあるのだろうか。

 

実は、修学旅行の話を汲んでいるだけで、幾重もの行事が縮小・中止になっている。昨年度は、文化祭は縮小され、本来行われるはずの勉強合宿も中止された。体育祭もかなり小規模となり、はっきりいって到底楽しめるものではない。これで学生生活が終わってしまうと考えると、どことなくもどかしい気分にさせられる。将来、学生の頃を思い出せと言われたら、おそらく思い出せない。今ですら曖昧なのに。

 

書いている内容を振り返ると、やっぱりマイナスなことばかり考えているなと思う。嘆息するだけではだめだ。この状況を打開するというより、制限された今どうすれば楽しめるかを考えた方が絶対いい。

 

 

 

___と思ったが、夏休みも終わりかけ。そろそろ勉強にも本腰を入れなければならない。勉強は楽しいけれど、今しか楽しめないことってなんだろうか。

A Litte Strange Diary #1

Hello there! I'm Riri. 

Btw, the reason that I'm writing in English is

 

I WANT TO BECOME GOOD LEARNER

 

…that's all.

 

There is never a grader so I don't know that I can write in English well.

For now, what I have noticed is that it is difficult to express what I want to say.

That is completely different from Japanese. Maybe I don't have enough vocabulary but Japanese definitely has a lot of expressions.

And, I wrote about a determined theme in English by now so I feel too difficult.

 

If I get more vocabulary and grammar, I want to try writing an English diary again.

【バカ】絶対におすすめしない持久力の付け方(学生向け)

※一種のギャグだと思ってお読み下さい

 

こんにちは。Ririです。

みなさんは持久力に自信ありますか?

私はないです。

 

というわけで、タイトルの通り

絶対におすすめしない持久力の付け方

について書いていきたいと思います。ちなみに私が体を張って実験しました。

あくまでも学生向けですので、社会人の方にはおすすめできません。

 

 

 

で、どうやるん?

まあ、まて。

次の質問に1つでも当てはまったらやらないことを推奨します。

  1. 遅刻に寛容すぎる学校に通っている
  2. 既に遅刻しすぎている
  3. 朝食は普段食べていない
  4. 朝練がある部活に所属している
  5. 最寄り駅、または自分の家から学校が近い

 

逆に、次の質問に当てはまっているとあなたはThe 持久マンになれる可能性が高いです。

  1. 遅刻にやや厳しい
  2. 最寄り駅、または自分の家から徒歩10~25分圏内
  3. 体力が欲しい

 

では、本命のやり方を言うと

死なない程度にギリ遅刻しないように走れ

です。

普段早く着いている方は、少し遅らせて登校してみてください。

そうすると若干の焦りが生まれてより一層走ることに集中できます。

このとき、しっかりと自分の走るペースを考えないと遅刻ギリギリのラインを狙えません。

もし余裕そうならもっと遅らせてみてください。ダメそうなら早くすればよいです。

 

 

 

約半年の成果で変わったこと

私の学校の場合、体力テストは20mシャトルランではなく持久走なのですが、タイムが40秒縮みました

また、50m走も0.3秒の短縮です。

おそらく相当な効果があります。

 

 

 

注意したいこと

あくまでも遅刻しないように走らないといけません。もし自分の体調面など心配があったら、いつも通り早く家を出ましょう。

また、持久力はつきますが瞬発力の向上については微妙です。長く走るフォームが身に付いたり、体力が付いたりするだけなので、あくまでも持久力を付けたい方におすすめできます。

ただし、学校に着く直前に本気で走るなどやり方を変えてみると瞬発力が上がる可能性があります。

 

 

 

持久力が付いたことによってどうなった?

持久力を付けた結果、毎朝弁当を作ってくれる彼女がいてくれるようになり、運動も勉強もでき先生からも一目おかれるようになって、この話を論文にした結果ノーベル賞も受賞するなど、日常生活においても素晴らしい効果がでました。

(赤文字は全てフィクションです)

 

 

 

もし持久力を付けたいなら、まずは実行あるのみです。

この機会に持久力付けてみませんか。

思事(おもいごと)#1

Twitterにてアンケートを集計した結果、日記シリーズは毎日続けてほしい(果たして本当に思っているかは疑問だが)ということなので、金曜日記は廃止し、思事(おもいごと)という名のポエマーらしきブログを上げることにする。

 

 

 

当方、学生であるのだが、ブログを書くことで心做しか現代文の出来が良くなった。ブログを書く上で、「この言葉、意味を間違っていないかな」と調べることが多々ある。調べればすぐ出てくる時代、その行為自体にとりわけ意味があるわけではなさそうだが、調べて文章を作ることではじめて語彙が身に付くということに気付いた。

論説文の問題では、確実に点数が良くなっている。おそらく、ブログで書く文章自体を論説文の書き方に寄せているからだ。どういう訳かこういった書き方に憧れたことがあり、ブログをやる以前、思ったことをこうやって書き連ねていた。それがなぜ論説文の点数が良くなるかの理由を問われれば、単純に''読み慣れた''だけかもしれないが。

ただ、決してこの書き方を習ったわけではない。私はそれっぽい文章を書いているだけであって、おそらくその出来は素人かそれ以前である。一応論説文の点数が上がっているので勝手に「これでいいや」と思っている。

 

日記と兼ねているので、日記らしいことも書いてみる。

 

昨日も夜遅くまで友人と通話していたが、たぶん自分は話すことが好きなのだと思う。

ずっと''コミュ障''だと思ってきたが、ここにきて人と話すことが好きだと気づいて、ちょっと自信が生まれた。

ただ、人間関係をどう築くかが重要だ。話す能力があっても、その内容による。結局はそこが難しくて、やっぱり自分は''コミュ障''だと思ってしまう。

 

難しい。

 

自分の素が出せる人は本当に凄いと思う。仮に自分が素をさらけ出すと絶対に引かれる。おそらくそう思っている人は大勢いるはずだが、お互いの素を認め合うのはなかなか難易度が高い。

 

難しい。

 

でも、そんなことをいちいち気にして話していたら疲れてしまうし、それこそコミュニケーションをとる事が面白くなくなる。やはり考えすぎないほうが善いか。

 

ただでさえ外は暑いのに、こんなことを熱く語っていたら自分でもたまったものではない。今日は日差しが強いので、熱中症には気を付けて。

ブロがないの金曜日記#3

今年の夏は暑すぎる。

いや、毎年同じことを言っているのは分かっている。だが、梅雨を迎える前のあの暑さが分かる人ならば、今年の夏はたしかに異常だろう。

 

もしかすると、ただ夏が早く来てしまっただけかもしれないが。

 

とはいえ、ここ近年の日本は、四季というより二季というほうが似合っている。思い返すと、昨年は春シーズンや秋シーズンに着るべき服をさほど着ていない。せっかく買った服なのに、たまに訪れる''やや涼しい日''にしか着た覚えはない。それに、たいていそういう日の天気は雨模様だ。

 

 

 

金曜日記というより、今度は1年をふりかえって的なやつになっている。

 

 

 

・・・

 

 

 

最近私がやったことといえば、夏期講習を受けに行ったり、髪を切ったり、Discordで通話を繋げながらFPSゲームをしたり、ブログで何を書くかネタを探したり、夜まで友達と雑談したり、である。

 

ここまで並べたのに、何も盛れる話がない。

 

既に記憶から遠のいていたが、ちょうど先週、軽井沢へ勉強合宿に行かされた。

楽しかったことといえば、入浴時に湯船にダイブしたり、夜の先生の見回りが終わったのち、宿泊施設内を探検したりしたことくらいかな。

探検で、私を含む同期4人と後輩3人でぞろぞろ動き回るあの光景は、たしかにバレないかぞわぞわしていたが、わくわくの方が大きかった。文章で書くと面白みが伝わらないのが悔しい。

 

こういうのが、高校時代にしか味わえない感覚なのだろうか。

 

そう考えると、いつまでも子供でいたいなと思ってしまうが、やっぱり自立してみたい気持ちもある。お金と時間さえあれば今よりも好きなことができるのだから。

ただ、現状某ウイルスが未だに活動しているので、働き口がどんどん狭くなっていくのは確定であるし、日本経済もどんどん停滞していくのは目に見えている。感染予防という理由から、対面する場面にはロボットが活用されていることが多いが、これも人材の削減の一環であり、本来5~10年後くらいに実現されるだろうものが、某ウイルスによって加速された、といえる。

____なんて、考えていることは山ほどあるのだが、もはや日記という域を超えている。

結局日記とは何を書けばいいのか分からない。自分が普段思っていることをずらずら書けばいいのか、その日あったことを書けばいいのか。

 

ともかく、私たち学生は今も楽しくなければ、未来も楽しみでない。議会中、政治家が居眠りをしているのをみると反吐が出る。私たちはあと80年は生きなければならないのに。

 

あーあ、人生つまんねぇな。

ブロがないの金曜日記#2

唐突だが、金曜日記をまさか木曜の夜に上げるのには理由がある。

学生である私、どうやら今日から3日間、勉強合宿というもので軽井沢に連れていかれるそうだ。

実際、1日に9時間ほど勉強を強いられるみたいだが、来年度に受験をする私にとってみれば、9時間ごときの勉強で怯んではいけないだろう。

だが、もちろんのこと勉強合宿の本命である授業に好んで参加しているわけではなく、私は軽井沢に行くまでの数時間、そして休憩時間や寝る前といったひとときを仲間で過ごすことが真の目的で行くのかもしれない。

 

日記なのに未来のことを綴るのはおかしいので、なんでもない木曜日の話をしよう。

 

金曜日記だが。

 

日付にすれば木曜日、3時半に就寝した私は案の定起きる時間が遅くなり、時計の針はすでに12時近くを指していた。その後目を覚ましてからも布団にうずくまったまま、結局1時間くらい布団の中をもごもごとしてから立ち上がった。

両親はすでに出社しており、私は作り置きされた料理を温めて食べ、明日の軽井沢に行くことを考えながらぼんやり過ごしていた。

 

その後もゲームやYouTubeを嗜んで、気付いたころには日ももうすぐ沈みそうだったと思う。

 

両親も帰宅して、明日への準備をしつつ、結局ブログを書いて一日を終わらせてしまった事に少し後悔している。

結局あまり勉強できていないし、というか今週に入ってからまったくといっていいほど机と向き合っていない。せっかく勉強しようと教材を並べたのに、これでは全く意味がない。

勉強合宿を通して、大学受験を迎えるために再度エンジンをかける必要があると今の自分を振り返って学んだ。

一応、これでも成績はどんどん上がっている。先生にも特に心配されることなく今を迎えているわけだが、昨年の私は夏休みを勉強せず謳歌してしまったので、今年こそはと気持ちを改める。

 

まあ、もしかすると今までの自分は頑張り過ぎていたのかもしれない。

TwitterInstagramを見ると、自分よりはるかに勉強している輩がいる。自分もこの人たちに負けないようにしたい。

 

私は本当に東大に行けるのだろうか。